公開書簡⑫(人工知能)

公開書簡
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人工知能

 人工知能とは、それは電子計算機とは違うものであって、ただ単純に、人間の知能に関する機能の一部を電気的に代行させるものではありません。

 歯科の分野での応用を例にあげて考えてみます。歯の形は三次元形状をしています。歯は、自然が造形した形でありまして、いろいろな動物が歯を持っております。それぞれの動物が、なぜそのような独特で特徴的な形を取得したのでしょうか。多くの場合、食性に関係すると思われます。

 人間の歯も前歯と臼歯では全く違った形をしています。前方の歯と後方の歯では機能が違うということでしょう。形状を測定してコンピュータにデータを取り込むことはコンピュータが得意です。現在、コンピュータが得意としている分野は、三次元の形状をデータ化したり、データのノイズを取り除くような簡単な編集をしたりする作業です。現在、歯の形状を目的に合わせて変形させたり、修正したりすることは、人間が手作業で行っております。

 それでは、人工知能という機能に求められていることとはどういうことでしょうか。それは、三次元的形状の歯を、三次元スキャナーで形状を計測してデータを取り込み、そして人間と同じようなアルゴリズムで思考し、それを目的に合わせて再構成するところまでコンピュータだけで行うことです。

 従来の方法では、一部の工程をコンピュータが、その他のデータの編集などの工程は人間が担当するというように、それぞれが得意な分野を担当し、共同して行ってきました。それを一手に人工知能に担わせることが求められています。なぜこのような機能が求められるのかという理由は、編集の条件を少し変えるだけで、すべて手作業によってやり直さなければならないからです。大変手間のかかる作業であるので、例えば、歯科医師が治療の片手間に、治療に関する資料を三次元データで作るということも時間の関係で、簡単にはできませんでした。そのような要請が歯科医療にはあると思います。このようなことを歯科医師自身で行うことを可能にするシステム作りが重要であると思います。

 人工知能が、自然物である歯の形状を四次元で認識するためにはどうしたらよいのでしょうか。この四次元というのは、下顎の歯が動くからです。下顎が動いて初めて機能する歯の形は、三次元的形状でありながら、四次元的データを内包しています。

 こういった条件を人工知能に担わせるために必要なことは、どのようなことでしょうか。それは、「意識と理性の表」と、「空間主管性」と「時間主管性」がキーワードとなると思います。そのように私は信じております。

 Webサイトからの情報(https://ecclab.empowershop.co.jp/archives/69332)によりますと、AI、つまり人工知能について聞こえてくる全ての明るい見通しを考えると、この分野がどのように発展すべきなのかという点において、研究者のアプローチが完全に分裂していることは、驚きかもしれません。伝統的な論理ベースAIの支持者と、ニューラル・ネットワーク・モデリングの熱狂的な支持者との間で、分裂が生じているらしいのです。オックスフォード大学のコンピュータサイエンスの教授で、コンピュータ科学者のマイケル・ウールドリッジは、この論争に関する簡易調査の中で、「心をモデル化すべきか、脳をモデル化すべきか」という表現をしています。

 AIの歴史的ルーツは、英国の数学者、アラン・チューリングが発表した「チューリングテスト」として知られる思考テストにあります。このテストは人間の知性、つまり、心のモデル化に成功したかどうかを判断する基準の提供を目的としていたようです。

 何十年もの間、知能のモデル化に成功することが、AIの目指す主なゴールでありました。「シンボリックAI」とは、“人間の知能は論理的記述に置き換えることが可能であり、記号的論理によって捉えることができる”という、一般的に受け入れられている仮定を指します。このアプローチは、明確に定義された規則によって、明瞭に限局化された人間の知能エリアを扱うことで、AIの大きな進歩を実現してきました。それには、もちろん数学的計算や、よく知られているチェスも含まれています。問題は、人間の思考の多くが、それらの規則を、たとえそれらが人間の思考プロセスの根底にあったとしても、はっきりと示すことができませんでした。

 従来のAIは、パターン認識において遅れていて、画像を理解することができませんでした。野球のボールを打ったり自転車に乗ったりするようなスキルのための一連のルールを作成することも同様です。人間は、必要な行動を説明する一連のステートメントを学ぶことなく、その行動をする、または、しないことを学習します。

 従来のAIは、人間の知能を論理的記述に置き換えることで実行されてきました。しばしば、人間の脳内ネットワークのモデリングに基づいているという誤った表現をされることがありました。

 新しいAIへの代替的アプローチは、人間のニューラルネットワークがどう機能しているかという点からインスピレーションを得ています。相当量のデータセットに基づいて訓練された「ノード」の大規模な人工ネットワークが、データ内の統計的関係を認識することを学習し、ノード層間のフィードバックループが自己修正の可能性を生み出します。このアプローチに「ディープラーニング」という名前がついたのは、処理可能なスケールが極めて膨大で、ノードが複数の層に分かれているからであります。ディープラーニング・アプローチ開発の障害となっていたのは、まさにそのスケールでありました。比較的最近まで、ディープラーニングを実用的かつ費用対効果の高いものにするために、十分なデータやコンピュータパワーがありませんでした。しかし、状況は変化し、たとえば近年では、AI画像認識において急速な改善が見られています。

 ディープラーニングの欠点は、特にテキストを理解することに関していえることですが、この非常に強力なエンジンが、本質的には何かに頼らずに作動してしまうという点です。AIは、与えられたデータの中にある膨大な量の相関関係を認識し、それに応じて反応します。データを知的に理解しているわけではないので、人間が問題を修正しない限り、エラーや、人間が考えるところの偏見などが、より深く組み込まれてしまうことがあります。簡単に言えば、インターネット世界全体を吸収するのに十分な処理能力をもつディープラーニングシステムは、多くの無意味なものを吸収し、その中には悪質なものも存在するということです。

 また、アメリカの人工知能学者であり、また、認知心理学者、学習科学者、教育改革者、起業家でもある、ロジャー・シャンクは、次のように書いています。『コンピュータが愛を感じることができるだろうか』というような疑問は、さほど重大なことではないように思われます。我々は、人間に関する知識について、あれかこれかで答えるならば、かなり理解していることは確かです。そしてもっと重要なことは、愛を感じる能力は、コンピュータが理解する能力と無関係である、ということです。

 ロザリンドW.ピカード教授は、マサチューセッツ工科大学のメディアラボの感情コンピューティング研究グループの創設者兼ディレクターでありますが、彼女は以下のように論じます。脳は、何兆というニューロンを持っており、それぞれが、およそ一万の隣接するニューロンと関係を持っています。ニューロンを、相互に結びつけることが可能な方法の数は、宇宙における原子の数より大きいのです。ニューロン間の信号は、デジタル信号ではなく、電位のような、あるいはニューロンを刺激する振動数のような、継続的な可変的性質にコード化されています。神経科学からの新しい知識は、疑いもなく未来のコンピュータの設計に、影響を与えるでしょう。しかし我々は、コンピュータと脳との差異、あるいは不一致を過小評価すべきではありません。

ダイナミック・コア仮説(意識)について

 人工知能というからには、やはり脳の機能について詳しく知る必要があると思います。そこで、脳の重要な働きである、人間の意識と理性に関する知識について、以下の文章を紹介します。

 今回参考にさせていただいた、「脳科学とスピリチュアリティ」の著者である、マルコム・ジーブス&ウォレン・S・ブラウンは、次のように発言します。

 意識的な思考は、神経科学、心理学、そして宗教の関係を理解するために何よりも重要であるので、このプロセスをより深く理解することが重要となります。人間において最も重要で、そして、おそらく最も特徴的なことは、意識するということであります。

 我々の考えでは、現代の研究が生み出した意識のモデルのうち最も役立つと思われるものは、「ダイナミック・コア仮説」と呼ばれているものです。このモデルは、科学的実験による論文によっても十分に支持されており、意識的にコントロールされた行動と、より無意識的で自動的に行われる様々な行動との差異を明確にしています。

 ジェラルド M. エーデルマンは、1972年に「免疫抗体の化学的構造に関する研究」でノーベル医学・生理学賞した科学者で、その後、研究対象を変え、脳科学に進化論の視点を導入、1987年には「神経細胞群選択説=神経ダーウィニズム」を提唱しました。もう一人の、ジュリオ・トノーニは、トレント出身のアメリカの精神科医、神経科学者で、研究の対象は意識と睡眠です。

 この二人の共著「意識の宇宙・どのようにして物質が想像になるのか」(日本では未翻訳の本)の中で、神経科学者のジェラルド・エーデルマンとジュリオ・トノーニはこの「ダイナミック・コア仮説」のモデルを上手に説明しています。

 意識を記述する際に、エーデルマンとトノーニは、二部構造のモデルを提案しています。基本レベルである第一の意識は、多くの動物が持つ「心の場面を構成する」能力において明らかでありますが、このタイプの意識は、意味内容や象徴的内容を受け入れません。より高次の意識には、自己の感覚に加えて、覚醒している状態では、明確な過去と未来の場面を構成する能力が伴います。さらに高次の意識には、意味を理解する能力が必要であり、最も発達した形では、言葉を用いる能力が必要になります。

 ダイナミック・コア仮説で何よりも特記すべきことは、意識的な気づきに関する神経生理学的基盤を最もうまく詳述していることであります。エーデルマンとトノーニは、次のように言っています。ある意識の状態と内容は、基本レベルの第一の意識でも、高次の意識にあっても、大脳皮質の中で一時的かつダイナミックに変化している一つのプロセスであり、そのプロセスは非常に活発であり、かつ脳の広範囲において相互に機能的に関連しあうという特徴があると主張しています。

 エーデルマンとトノーニによると、「ダイナミック・コア」、つまり「意識」は、大脳皮質が十分に豊かな反復性の相互作用を保っている限り、あらゆる動物の心的生活の特徴となりえます。自己を抽象的な存在として表す能力や、時間に関する要素、たとえば過去、現在、未来に言及するためにシンボルを用いる能力、こういった象徴と言語がダイナミック・コアに取り入れられる時に、人間においては、特に際立っている高次の意識が作動し始めます。

 困難な仕事や行動を学習し始めたばかりのときは、その動作がダイナミック・コアの中に取り入れられ、そしてダイナミック・コアによって、つまり意識的に調整されなければなりません。しかし、ひとたび行動が十分に学習されて、自動的に行えるようになると、その行動は、現在進行中のダイナミック・コアに本来は組み込まれる必要のない大脳皮質神経細胞および皮質下の結合からなる少数のサブグループが動員されることによって、効率的に行うことが可能になります。例えば、通常の大人が話をする場合には、ダイナミック・コアは人が表現しようとする考えを具体化する一方で、言語過程の基本的な語彙的および統合的側面は意識の背景に退くことが可能であります。

 我々の人間性を形作るのは単に大脳皮質を所有していることではなく、大脳皮質の組織化であります。コントロール・ヒエラルキーの最高位である多モード皮質と前頭前野は、人間では、他の霊長類に比べて大きいということだけではなく、ゆっくりと発達するので、機能的結合のネットワークに影響を及ぼす人間社会や文化の豊かさを最大限に享受する機会が与えられていると考えることができます。

 心を脳から分離可能で非物質的な存在と考えることは、もはや有用ではなく合理的でもありません。心は能動的なプロセスであり、これによって我々は絶えず人間の社会や文化の世界を含む世界の中で、自らの行動を調整しています。行動とフィードバックという、結果の一部を原因側に戻すことで行動を調節することを繰り返し経験することから、心は我々の脳と身体の一つの機能的特性として形成されるようになります。

 私と自身の肉体との関係は、たとえば船と船長のように、もう一つの別の内なる主体ではないと認めることは、誰にとっても非常に困難な課題であり、我々のあらゆる知識にそぐわないことです。つまり、心は身体化されているということです。

 心と脳の機能は、すべて脳生理学と神経細胞の活動によって決定されており、それらの活動によって説明可能であるとされています。

ダイナミカルシステム理論(創発)について

 ロジャー・スペリーは、アメリカの神経心理学者で、デイヴィッド・ヒューベル、トルステン・ウィーセルとともに、1981年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。ノーベル賞の受賞理由となったのは、分離脳研究の業績でありますが、ロジャー・スペリーは以下のように述べておられます。

 1970年代までには、科学の状況および意識経験を処理する方法に、すでに変化のきざしが起こっていたとロジャー・スペリーは論じており、さらにその変化は科学的な意味だけではなく、非常に幅広い哲学的および人間学的な意味を持つ変化でありました。人間の本質を理解するためのこのような、心理主義的な見直しは、因果関係の制御に関する創発的見方を引き起こすものであり、その創発的な見方は、人間と人間以外の生物すべての本質に関する従来の科学的記述を変える可能性がある、と彼は論じました。

 認知過程の因果関係を、ボトム・アップの因果関係という、独立した脳の活動にすべてを還元することはできないと信じることによって、研究者たちは自分たちの研究、たとえば記憶、発語、メンタルプランニングにおいて、脳の局在化に関する研究、つまり、脳の限られた場所の機能について研究することに限定性を与えることが全くなくなりました。

 彼らは、脳に起因する高次の心の原因についての全体論的解釈である、トップ・ダウンの因果関係の研究をさらに展開させました。彼らは高次の心の原因が、単一の接続ポイントであるノード、もしくはモジュールではなく、脳のネットワークが集まることで創発すると考えました。

 創発の概念では、有機体のような複雑な存在は、その複雑な存在を構成する要素、例えば、分子などの中には存在しない特性を持つことができるという可能性に触れています。そのため、アメーバでさえ、分子が複雑に有機化して、分子自体には存在しない特性を有しています。アメーバの行動は、これらの分子が有機化した現在の状態によって支配されているのであって、分子自体の特性によって支配されているのではありません。そのようなわけで、アメーバの行動は創発的な特性であります。創発のもう一つの呼び名は、ダイナミカルシステム理論であります。

 この理論は、たとえば、アメーバの行動であれ人間の行動であれ、新たな因果的特性が、その構成要素の高レベルの非線形的相互作用という特徴を有する複雑なシステムの中に、どのように出現するのかを説明しようとするものであります。そのうってつけの例は、人間の大脳皮質です。その非常に多数の神経細胞と多くの相互作用は、ダイナミカルシステムに極めて適しています。無数の神経細胞から、大脳皮質は人間全体としての高レベルの、そして非還元主義的な認知機能を生み出します。

 アリの集団は、どのようにして複雑なダイナミカルシステムが新しいシステム全体の特徴を生み出すのかについての、一つの例示であります。もちろん、アリの集団は人間の認知のようなものを創発させることはできません。それはアリが「心を持たない」からだけではなく、アリの社会的相互作用がもつ複雑性が、脳の神経細胞ほど複雑ではないからであります。また、個々のアリがひとつひとつの神経細胞に類似していると考えることができます。それによって、アリの集団は、一つの脳のようなものであり、そこでは、個々のアリの能力を超えた特性が生じています。

 アリの集団は集団として、さまざまな形式の「知的」な行動を示します。アリはゴミの山と墓場を、お互いにとって最も近い場所に、またアリの集団自体にとっても、最も近い場所に作ろうとします。こうしてアリは空間についての数学上の問題を解いてしまいます。集団は食べ物のありかに最も近い距離はどこか、という問題も解きます。集団は食べ物のありかの優先順順位を決めます。

 それでは、いったい誰がその問題を解くのでしょうか。その解決は個々のアリの能力を超えています。最も興味深いのは、集団は時間をかけてその行動を修正することであります。全体としての集団は段階を経て、集団レベルの行動を変えて進歩していきます。若い集団は古い集団に比べてより粘り強くて積極的でありますが、移ろい易いようです。

 ところで、個々のアリは、社会的及び物理的環境からの情報に対応するという、一連の単純な規則によって動いています。たくさんの研究がこうした規則を記述してきました。問題は、集団の行動を全て説明するために、個々のアリの行動を支配している規則だけで十分であるのか、あるいは、個々のアリを支配する規則に、還元することのできない集団行動の特徴が、現れるのかどうかであります。

 ダイナミカルシステム理論は、どのようにして複雑なアリ全体の集団の行動やより高次の人間の認知が、それよりも複雑ではない構成要素、たとえば、アリや神経細胞の相互作用から生じることができるのかどうかを理解する一つの方法となります。

 環境の変化によってダイナミカルシステム、たとえば、アリの集団や人間の脳が平衡を維持できなくなると、そのシステムはあらたな自己組織化を開始して、そしてさらに再組織化を繰り返して、新しい相互作用のパターンを形成し、変化した環境に対処しようとします。相互作用する構成要素、ここでは、個々のアリや神経細胞が、お互いの活動を制限しながら、新しい環境に対応するための新しいパターンが形成されます。個々の構成要素は、協調して働きはじめます。そして、個々の構成要素がさまざまに振る舞う可能性は、その他の構成要素すべての相互作用を受けて変化します。

 こうして個々の構成要素、ここでの、個々のアリや神経細胞の集合体が、新たなダイナミカルシステム、つまり、特別な集団特性を持った一つの集団や認知的特性を備えた一つの脳になります。ひとたび、このシステムが組織化されると、それよりも下位レベルの特性、個々のアリの行動や神経細胞の発火の規則は逆に、トップ・ダウンからの制限と相互作用します。この下からと、上からの相互関係は、高次のパターン、つまり、集団での協調や脳全体の機能を生み出します。その際、個々のアリや神経細胞の内部における、微小レベルでの物理的法則には、何らの変化を与えることはありません。

 変化する環境に適応することによって、こうした力動的なシステムが、いわば意味を現実に持つようになります。つまり、システムの組織化の状態は、その現実の組織化の中に体現化された環境との以前の相互作用の記憶を保ちながら進展すると考えられます。以前の組織化と現在の環境に対応した再組織化に基づいて、そのシステムは、将来の類似した状況に対処する準備をより的確に行うことができます。

 こうした絶え間のないシステムの再組織化は、変化する環境への単なる適応以上のものであります。つまり、再組織化は組織化のさらに複雑な形式を生み出します。様々な小さなシステムは、より大きなシステムの中に組織化され得ます。そのプロセスは、ますます複雑な創発的機能システムである、入れ子になった階層構造を生み出します。逆説的でありますが、下位の構成要素である、個別のアリが、互いの他の構成要素である他のアリに強いられる制限は、高次の前提としてのシステムとしての集団で、より大きな自由が生まれる助けとなるでしょう。そのシステムでは、各々のアリは、以前の自己組織化の段階に持っていた相互作用よりも、結果的に環境とのより多くの可能性を秘めた相互作用を発展させることができるようになります。

 複雑で非線形的なダイナミカルシステムの最も興味深い特性は、そのシステムから新規なものが生じることであります。システム全体の行動は、たとえ安定した環境であっても、すべて予想可能というわけではありません。ダイナミカルシステムの小規模な数学的モデルにおいてでさえ、同じシステムモデルを二回実行しても全く同じ結果は得られません。ダイナミカルシステムのこうした特徴を全て考慮するならば、このモデルは人間の脳を理解するための完璧なモデルとなります。

 我々は、物質としての脳が、物理学や化学や神経細胞という下位の働きによって説明することのできない、真に因果的な創発的特性をどのようにして生み出すのかについて推測することができます。

トップ・ダウンとボトム・アップの議論

 トップ・ダウンとボトム・アップの議論を考慮するなら、人間本性に関する物理主義的見方はどこに立脚しているのでしょうか。物理主義的立場は、単一でかつ身体化した心の理解を目指していますが、それは必ずしも心的生活が科学や物理学にのみ還元されなければならないと仮定していません。それどころか、非還元主義的物理主義に分類されるさまざまな理論を支持しています。この見方では、人間は完全に物質的存在であると考えられていますが、脳は心理的特性や経験の出現を支えることができるほど複雑であると考えられ、この心理的特性や経験は、行動に現実的な影響を与えます。強調する点は異なりますが、同様の見方は、二元一元論です。一元論という用語は、この文脈では本質的に物理主義と同じことを意味しています。

 しかし、それを修飾する二元的という語は、人間本性を的確に記述するために、少なくとも二つのレベル、あるいは二つの側面が必要であると考えられ、一つは神経科学によって提示された物理的記述で、もう一つは我々の主観的経験によって表彰された心理学によって研究された心理的記述、この二つを含まなければならないという事実を強調しています。

 もう一つ、創発的二元論と呼ばれる見方があります。ここでは、物理的実在は第一の根本的なものと受け取られますが、次にそこから全く新たな存在、つまり心あるいは魂と呼ばれるものが出現します。これは、回り道をした後で、再びデカルトの二元論に戻るように思われるかもしれませんが、実際にはデカルトのそれとは異なっていて、別のものです。なぜなら、創発的二元論は物質の側に優位性を与えるからです。

 ある神経学者の意見ですが、もしも人の行動が、脳がうまく働いているかどうかによって支配されているのだとすれば、我々人間は自分たちが考えるほどには自由意志を持っていないということではなかろうかと、挑発的なコメントをしています。

 一世紀以上の証拠の積み重ねによって、一つのことが明らかになりました。それは、どれほど詳しく脳を調べてみても、脳はやはり心の臓器であるということであります。

ディープラーニングについて

 人工知能の技術に関しての知識や経験は、私には全くありませんので、Webサイトで得た情報ですが、人工知能に関するもので関連がありそうなものを以下に記載しておきます。ディープラーニングという言葉が出てきますが、このディープラーニングとは、個別の事案に対応できるように、コンピュータ自身によってプログラムを再組織化することを意味すると思います。

 人工知能にとってディープラーニング、つまり、深層学習は中心となる技術ですが、人工知能の専門家によりますと、ディープラーニングは工学というよりも自然現象であると捉えられているそうです。

 また、プログラマーである清水亮氏の「初めての深層学習プログラミング」という本に、東京大学の人工知能の研究で有名な、松尾豊教授は、「深層学習は農耕革命以来の発明と捉えている」と発言していると本に記載されています。

以降の文章は、Webサイトからのコピーです。(https://wirelesswire.jp/2016/06/54115/)

 「さて、その一方で、深層学習、つまり、ディープラーニングは、研究対象になり得ないという主張もあります。なぜなら、なぜ上手くいくのか、理由がよくわからないことがあまりにも多いからです。私自身もプログラマーとして感じるのですが、深層学習にかぎらず、機械学習には理屈で理解できないことが少なくありません。ところが、深層学習によって機械学習が、「従来の方法より遥かに実用的」に使えることがわかった以上、使わないのは損です。そして機械学習によってこれまでに想像もつかなかったような新しいものを作り出すことが出来ます。2016年の4月に幕張メッセで開催された「ニコニコ超会議」でのパネルディスカッション、「超AI緊急対策会議」では、東京大学の稲見昌彦教授が「人工知能が進歩しても、それは新しい”自然”として捉えれば良い」という発言をされました。

 確かに、機械学習は工学的な技術と考えるよりは、自然現象の一つであると考える方がしっくりきます。原理は解明されていないけれども、工学的に制御できるから使う、という考え方は、なにも人工知能に限った話ではありません。そもそも物理現象すら、なぜ起きるのか、すべて解明されているわけではありません。工学の基本は、「再現可能な現象の前提条件を下層として受け入れて、上層を構築する」ということです。深層学習も、ブラックボックスとして扱って、「画像を判定してくれる部品」とか、「音声を認識してくれる部品」と捉えれば、いくらでも工学的に制御可能で、利用することができます。今はまだ、深層学習の工学的な応用例がほとんどないために、いまだ深層学習に実際に何ができるのか、どこまでできるのかということは霧の中です。 しかし、すぐにでもできる工学的な応用を積み重ねてこそ、むしろ自然現象としての深層学習の理解も深まっていくはずです。優れた深層ニューラルネットワークを作るには、優れた教育戦略が必要で、今のところまだその部分は人間が考えなければならないところです。しかし、やがて訪れる時代には、深層学習は自然現象として研究されているでしょう。深層学習は多くの点で自然現象に似ています。

おわり

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