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復活されたイエス・キリストと共に歩む自己救済3その6

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神の存在について

*「科学者はなぜ神を信じるのか 三田一郎」(講談社)

(著者の経歴:1992年より名古屋大学理学部教授、2006年4月より名古屋大学名誉教授、神奈川大学工学部教授。2007年より東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構プログラムオフィサーを兼務する。カトリック教会の助祭であり、アンソニーの洗礼名を持つ。)

*「プリゴジンの考えてきたこと 北原和夫」(岩波書店)

*「外尾悦郎、ガウディに挑む 星野真澄」(NHK出版新書)

人類が長い間、万物の創造主と考えてきた「神」の存在は、否定されつつあります。人知の及ばない神の領域とされてきたことが、次々に科学の理論によって説明が可能になり、神の存在などに頼らなくても、この世界を作ることができると、多くの人が考えるようになっています。ところが、実は科学者の中には、神の存在を信じている人が少なくありません。多くの人が名前を知っている高名な科学者の多くが、神や信仰について熱い思いを語っています。もっとも神の領域を侵食しているのかに思える宇宙論や素粒子論を扱う理論物理学者でさえ、そうなのです。国連のある調査では、過去300年間に大きな業績を上げた世界中の科学者300人のうち、8割ないし9割が神を信じていたそうです。ここで「神」というときは、具体的には、欧米人の多くが信じているキリスト教と、その前身といえるユダヤ教における神を指すものとします。特定の宗教を持たない人が多い日本人は、欧米人以上に、科学者が神は信じることを奇異に感じるようです。欧米の科学者が神をどう考えているかを知ることは、欧米人の思考や発想を知るための助けにもなり、日本人がさらに国際化していく上で有意義なことではないかと思っています。

さて、『広辞苑』の「神」の項には、このように記されています。(キリスト教やイスラム教などの一神教で、宇宙と人類を創造して世界の運行を司る、全知全能の絶対者。)

にわかに、言葉に緊張感が生じてくるように感じられます。「宇宙」、「人類」、「世界の運行」など理詰めの話をする時に使う言葉が続いています。「神頼み」の時にしか神の存在を意識することがない多数の日本人には、「そこまで厳密なことを考えてはいない」とギャップを感じるところでしょう。

しかし、ここにある様に、キリスト教やユダヤ教、イスラム教では、本当にこう考えられている、もしくは、少なくとも考えられてきたのです。これらの宗教を信じる人にとって神は、ただの「神頼み」の対象ではありません。我々が生きている世界とは、どのようなものであると考えるか、つまり世界観を作るものが宗教であり、その中心にいるのが神なのです。その意味では、日本人の多くはやはり無宗教と言えるのかもしれません。キリスト教やユダヤ教、イスラム教には、聖書あるいは聖典というものがあり、神とは何であるかということが、文字で記されています。信者たちは幼いころからそれを読み、そらんじて、家族で教会や聖堂に通っては神の存在を確認しています。そうした営みが2000年以上も続いているのです。多くの日本人にとって、不思議なことでしょう。宇宙の始まりにはビックバンがあり、人類は原始的な生物から進化したことは、学校でも教えられています。それなのに、なぜ彼らは、そのような神の存在を本気で信じることができるのでしょうか。しかも、さらに不可解なことには、宇宙や物質の始まりを研究している物理学者や、生命のはじまりを研究している生命科学者、つまり「神の仕業」とされてきたことを「科学」で説明しようとしている人たちでさえ、多くが神を信じているのです。これはもう、矛盾でしかない、と思われるのではないでしょうか。

知識層の多くの人々が神学を修めていた時代では、自然科学者の多くも聖職者でした。そこでは科学者と神の関係は、概して単純なものでした。すなわち科学を進歩させたのは、愛する神のことをもっと知りたいという純粋な衝動でした。しかし、その結果、聖書や教会の定めとの矛盾に、気づいてしまうコペルニクスのようにすぐれた科学者は、信仰と研究の間で葛藤することにもなったのです。

「宇宙は第二の聖書であり、この書の言葉は数学です。」

これはガリレオの言葉としてよく知られていますが、実は簡略されたもので、実際には彼は次のように語っています。

『哲学は、宇宙というこの壮大な書物の中に書かれています。この書物は、いつも我々の前に開かれています。しかし、最初にその言葉を学び、それが書かれている文字が読めるようになるのでなければ、この書物を理解することはできません。それは数学の言葉で書かれているのであって、その文字は、三角形、円、その他の幾何学的図形です。これらなしには、人間はその一部たりとも理解することはできません。これらなしには、人は暗い迷宮の中をさまようばかりなのです。』

万物の創造主である神はなぜ宇宙をこのように創ったのか、それを知るには「数学」という言葉で書かれた「もう1つの聖書」を読まなければならない、ガリレオはそう考えていました。

カトリック教会は、科学をどのように評価しているのでしょうか?

 20世紀も後半の1979年のこと、アインシュタインの誕生100年を祝うローマ・カトリック教会の式典で、教皇ヨハネ・パウロ2世は次のように述べました。

 アインシュタインとガリレオは1つの時代を画した偉大な科学者でありましたが、アインシュタインは讃えられているのに対して、ガリレオは大いなる苦しみを味わいました。その原因を作ったのは、他ならぬ教会内部の人間と教会機構であり、そのことが、信仰と科学とが対立するものだという思考を人々に与えたのです。そこで教会は自己批判し、神学者、科学者、歴史家が「ガリレオ事件の真実」を共同で調査し、いずれの側の誤りであれ、その誤りを率直に認めることを求め、さらに、科学と信仰、教会と世界の調和を説く。

 それは、教会がついにガリレオ裁判が誤りであったことを認めて自己批判し、ガリレオ事件の真実を調査することを宣言するものでした。1981年には「ガリレオ事件調査委員会」が設置され、その報告を受けて1992年、教皇ヨハネ・パウロ2世は最終声明を出します。

 卓越した物理学者としての直感と、種々の方法を実際に編み出したガリレオは、なぜ太陽だけが、当時知られていた、いわば天文体系としての世界の中心として機能するかを理解していました。地球が中心であることを主張した時の、当時の神学者たちの誤りは、物理的世界の構造についての私たちの理解が、ある意味で聖書の文字通りの意味によって決められている、と考えたことでした。

 こう述べて教皇は、ガリレオに謝罪し、その名誉を回復したのです。ときに、ガリレオの死から350年が過ぎていました。 350年後の謝罪に意味などあるか、という人もいました。教会自体も、そのような昔のことを深くは考えてはこなかったのでしょう。しかし、かつての過ちを腫れ物に触るように避けてきたことで、神の言葉を告げるべき教会が、神が創られた科学の発展についていけないとの非難があがっていました。実際に、この謝罪がなければ多くの科学者が教会を離れていったでしょう。それは私も同じです。科学に捧げてきた人生が「異端」とされてしまうからです。

 ヨハネ・パウロ2世は声明において、教会の間違いは「聖書の文字通りの意味」にあまりにも固執したことにあると認めました。では、反省をした教会は、いまはこのことについてどのように考えるようになったのでしょうか。ガリレオが次のように語ったことがあります。

 聖書と自然はともに神の言葉から生じたもので、前者は聖霊が述べたものであり、後者は神の命令の忠実な執行者です。2つの真理が対立しあうことはありえません。したがって、必然的な証明によって我々が確信した自然科学的結論と一致するように、聖書の章句の真の意味を見出すことは注釈者の任務です。

 ヨハネ・パウロ2世は声明の中で、このガリレオの言葉は正しいと明言しました。つまり、聖書の読み方は、科学の進歩によって変わるべきであることを教皇が認めたのです。

20世紀以降の、進化論についての教会の公式会見は以下のようなものです。

●1950年8月12日に発表された教皇ピウス12世の提言

 進化論の教説に関して、それが人間の身体の起源をそれ以前に存在していた生物から生じたとして探求する理論である限りにおいて、研究と議論が行われることを禁じてはいません。というのも、カトリックの信仰は人間の霊魂が天主によって直接に創造されることを信じるよう命じるからです。

 ピウス12世は、進化論は「身体」の起源についての理論であり、「霊魂」は神によって直接に創造される、としています。霊魂は科学では理解できないからです。

●1996年10月22日、教皇庁科学アカデミーに対し教皇ヨハネ・パウロ2世が語った言葉

 今日、ピウス12世の回勅が出されてから半世紀以上が経過し、新たな発見により、進化論を仮説以上のものとして認められるようになりました。

●2014年10月27日、教皇庁科学アカデミーの会合で教皇フランシスの言葉

 創世記の中の創造の記事を読むとき、私たちは、神が何でもできる魔法の杖を備えた魔術師だと考える危険を犯します。しかし、そのようなものではありません。神は生物を創造し、それぞれに与えた内なる法によって、それぞれが、その真価があるように進化させました。

 ビッグバン理論については、カトリック教会も早い段階で、議論に参入しています。しかも、皆さんの大方の直観に反して、教会はビックバン理論を支持したのです。1951年、当時の教皇ピウス12世は、「ビックバンはカトリックの公式の教義に矛盾しない」との声明を発表しました。さらにピウス12世は別の場で、「ルメートルらの発見は神の創造を科学的に証明したものだ」とも発言しました。

 ビッグバン理論をあらためて少し説明すれば、それは宇宙創造の時にとてつもなく超高温で超高密度の微小な何かが大爆発を起こし、現在の宇宙のスケールにまで広がったという考え方です。この最初の何かをルメートルは「原始的原子」と呼んだわけです。後にこの何かは「特異点」と呼ばれるようになりました。しかし、その正体が何か、それはどのようにしてできたのかは、ビッグバン理論では説明できません。教会はそこに着目し、科学によって次々に後退を迫られていた神の最後の居場所を、その最初の何かに見いだそうとしたのです。それが説明されない限り、神は不滅というわけです。

 カトリック教会は、特異点を証明して神の存在を確かなものにした功労者として最大級の賛辞を贈ります。1975年には、教皇庁科学アカデミーの創設者ピウス11世の姿が彫られた金メダルが授与されました。そして1981年、科学アカデミーが主催する、世界各国の宇宙論研究者がバチカンに集まる国際会議にホーキングも招かれました。この時、アカデミーの長である教皇ヨハネ・パウロ2世は、会場に車椅子に乗ったホーキングが姿を現すと、なんと自ら床に膝をつき、ホーキングを出迎えたのです。ヨハネ・パウロ2世は1979年に、ガリレオへの謝罪の言葉を述べて科学と宗教の融合を宣言した教皇です。しかしホーキングの回想によれば、教皇はこの会議の時、彼にこう言ったそうです。「ビックバン以降の宇宙の進化を研究するのは大いに結構です。しかしビックバン自体を探求してはなりません。それは創造の瞬間であり、神の御業だからです。」

 ところが、実はホーキングはこの会議で、後に世に問うことになる「宇宙無境界仮説」、つまり宇宙に「はじまり」はなかったとする仮説一端を語っていたのです。後年、ホーキングはこう回想しています。

 私が語ったことを教皇がご存知なかったのには、ほっとしたよ。私はガリレオと同じような運命を辿りたくはないからね。

 ヨハネ・パウロ2世の言葉は、科学者の「知の探求」を妨げるものです。彼らにしては、らしくない発言をしたものだと私も思いました。青天の霹靂(へきれき)ともいえるホーキングの宇宙の無境界仮説に、教皇ヨハネ・パウロ2世が動揺したであろうことは想像に難くありません。教会がどのように反応したかについて、物語る記録は残っていませんが、特異点の存在を証明してくれた『味方』がクーデターを起こしたようなもので、そのショックは大きかったのです。ただその後のなり行きを見る限り、教会はさほど痛手にはならなかったではないかと思われます。

著書『ホーキング、宇宙を語る』の最後に、このような文章が書かれていました。

 なぜ我々と宇宙は存在するのだろうか。もし、それに対する答えを見出すことができれば、それは理性の究極的な勝利となるだろう――なぜならその時、神の心を我々は知るのだから。

日本とヨーロッパにおける科学の取り扱いの違いについて

 北原和夫(プリゴジンの考えてきたことの著者)が留学するためにベルギーのブリュッセルに訪れたときの話です。その時手にした「ル・モンド」紙の記事でした。その紙上で哲学者、法律家、そして科学者が、当時出版されたジャック・モノーの『偶然と必然』(みすず書房)を巡って熱い議論をしていました。その中で、分子生物学者のジャック・モノーが神学者、哲学者に向かって答えるように書いているのがなぜかむしろ奇妙に思われたのを記憶していました。なぜなら日本では純粋科学である分子生物学の発見は、研究室の中だけのことであり、日常生活に影響を与えるようなものではないと一般的に思われています。科学者は、研究室で新たな発見をしても、研究室を一歩離れれば、日常生活に戻ります。要するに研究と日常生活は使い分けられていたのです。現在でもそういう雰囲気は大体同じでしょう。だから生化学の啓蒙書の中で、ジャック・モノーが自然科学の枠を外れて思想的なことがらにこだわって執拗に書いているのは、いささか奇異に思われたのでした。ところが、ヨーロッパでは、科学の新発見が、個人個人の存在基盤を揺るがすものとして意識されていたということなのです。いわば学問の動機づけが、日本文化とヨーロッパ文化では、微妙だが質的にかなり違っているのではないか、と当時思いました。

キリスト教は、今なお、進歩のさなかにあるのです

 有史以来、世界の宗教は人類にとって最も重要な社会規範であり、文明社会の道案内であり、私たちの道徳と倫理の原点であり続けています。現代の宗教は従来からの伝統を守るべきなのか、それとも進化して、再び人類の案内役になれるのでしょうか。また、科学が圧倒的な力をもつ現代に,宗教は無意味なのでしょうか。来たるべき科学の時代にキリスト教が生き残る道はひとつしかありません。科学による発見を拒むのを止めなくてはなりません。立証可能な事実を公然と非難するのをやめるのです。我々は、膨大な経験を、つまり千年に及ぶ哲学、個人の探求、瞑想、内省を生かして、科学と深く結びついたパートナーになるべきです。それによって人類が道徳の枠組みを作る手助けをし、新たなテクノロジーが団結と啓蒙と発展をもたらすよう力を尽くさなくてはなりません。科学は本来の姿を取り戻すように、また、科学が宗教の手助けを受けいれるよう、ただ願うばかりです。宗教は人類の進化にとって有利だそうです。宗教を重んじる社会は無宗教の社会よりも、人々は互いにうまく協力するので、繁栄しやすいのです。これは科学的事実である、といわれています。

サグラダ・ファミリアが象徴することとは?

 サグラダ・ファミリアが、ローマのパンテオンと同じように歴史の転換点になるのかもしれません。現在のローマのパンテオンは、紀元120年頃ハドリアヌス帝が再建したものです。紀元380年にテオドシウス帝がキリスト教をローマ帝国の国教と宣言しました。さらに紀元392年にはローマ帝国内でのキリスト教以外の宗教を禁じたので、 多神教を容認するようなパンテオンは、禁じられている異端の宗教施設との位置づけになり、当然その建物で宗教活動を行うことはできなくなり、人々は離れ廃れていきました。ローマの神に対する信仰は次第に薄れ、信仰の対象はキリスト教へと変遷していきました。その神秘的な内部空間の素晴らしさからか、破壊されることはありませんでした。紀元609年には、カトリックの宗教施設であるキリスト教寺院となり,サンタ・マリア・ロトンダとして知られます。そして、創建から2000年近くたった、現在でも使われ続けています。

 サグラダ・ファミリアは、片足を過去に、反対の足を未来に置く建造物、廃れゆく信仰と新たなに興る信仰の確固たる架け橋、もしそうなら、サグラダ・ファミリアは想像できないほど重要な役割を果たすことになるでしょう。サグラダ・ファミリアは、まさにこの場所であり、ガウディは神と科学と自然を融合させました。このサグラダ・ファミリアは、未来の聖堂、自然と直接つながる聖堂のように思えます。教会の正式名称は、日本語にすると「サグラダ・ファミリア贖罪教会」です。イエスと聖母マリア、そして養父ヨセフの「聖家族」に捧げる、罪を贖(あがな)う貧しき者たちのための教会という意味です。

サグラダ・ファミリア贖罪教会について

●世界最大のスペインの教会建築である、サグラダ・ファミリアは、スペインのカタルーニャ・バルセロナにある巨大なローマ・カトリック教会。正式名称はサグラダ・ファミリアのバシリカ(The Basílica de la Sagrada Família)。スペインの建築家のアントニ・ガウディが設計、現在も建設中でありますが、既にユネスコ世界遺産に登録されています。

●2010年11月には、ベネディクト16世 (当時のローマ教皇)が礼拝に訪れて、正式にローマ・カトリック教会として認定するミサを行い、着工から128年目にして大聖堂(カテドラル)とは異なる上位の教会「バシリカ」となりました。

●サグラダ・ファミリアの着工は1882年に始まっています。1882年3月19日、建築家フランシスコ・デ・パウラ・デル・ビジャールの指揮下でサグラダ・ファミリアの建設が始まりました。しかし、1883年にビジャールが辞任すると、ガウディが主任建築士に任命され、建設計画を独自の方向へ変更しました。就任後、ガウディはゴシック様式と曲線的なアール・ヌーヴォー様式を組みわせたゴシック・モダニズム様式路線に変更しました。直線、直角、水平がほとんどない外観が特徴です。

●ガウディは1923年、76歳の最晩年まで精力的にこの建設企画に関わりましたが、彼が生きている間に完成することはできませんでした。1926年6月7日、ガウディはミサに向かう途中、段差に躓き転倒、そこに通った路面電車に轢かれてしまい、亡くなりました。ガウディの亡骸はサグラダ・ファミリアに埋葬されています。

●サグラダ・ファミリアの建設は、個人の寄付金のみに頼っていましたが、スペイン内戦の影響で工事が遅れ、中断されました。1936年7月、革命家たちが地下室に火を放ち、作業場に侵入したため、ガウディのオリジナルの図面や図面、石膏模型が一部破壊され、16年の歳月をかけてオリジナルの設計図の断片をつなぎ合わせる作業が行われました。

●建設は1950年代に断続的に再開されました。その後、コンピュータ支援設計やコンピュータ数値制御(CNC)などの技術の進歩により、より速い進歩が可能となり、2010年には半分が完成しました。プロジェクトの最大の課題は、新約聖書の重要な聖書の人物を象徴する10本の尖塔を建設することだといいます。1980年代には、完成までに300年くらいはかかると言われていましたが、IT技術などの進展により、現在では、ガウディ没後100周年にあたる2026年の完成が見込まれています。

復活されたイエス・キリストと共に歩む自己救済3その7に続く

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